Kenji Yanobe Supporters club

現代美術家ヤノベケンジの活動情報です。(運営:KYSC)

ヤノベケンジ《SHIP’S CAT(シップス・キャット)》

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ヤノベケンジ《SHIP'S CAT》(2017)

高さ300センチ×長さ380センチ×幅120センチ、2017年6月設置
材質:ステンレススティール、真鍮、繊維強化プラスチック(FRP)、アクリル、LEDライト

 撮影:表恒匡

ヤノベケンジと猫

ヤノベケンジの作品には、たくさんの動物が登場する。初期の作品である《イエロー・スーツ》(1991)では、当時飼っていた犬のための放射能防護服が作られている。世紀末や終末の世界を生き抜くための心の友としてペットは必要であるという認識だったのだろう。

子供が誕生した後は、子供のためのシェルター型映画館《森の映画館》(2004)なども制作しているが、それ以降もネズミ、ゾウ、絶滅した動物であるマンモス、架空の動物である龍もよく登場する。なかでも、現在でもインスタレーションによく使われるのが猫である。2008年にパフォーマンス集団パパ・タラフマラの舞台美術を担当した際に制作された《猫人形》(2008)が最初に猫をモチーフにした作品である。ヘルメットを被り、目がライトになっている猫の彫刻作品は、その汎用性の高さのため、その後、様々な場所で展開されるインスタレーションに欠かせない重要なキャラクターとなっていく。

特に、印象的なインタレーションとして、2010年に富山県入善町発電所美術館で開催された「ミュトス」展において、創世記の神話をなぞるような4期の構成を作り、序章と1章「放電」に猫の彫刻作品《ランプ猫》(2010)を登場させている。廃墟の中を佇み目が光る猫と、巨大な幻燈機(マジック・ランタン)、放電装置(テスラコイル)が物語の始まりや不穏な空気を醸し出している。2章「放電」で大規模な水瓶の水を大量に放水するインスタレーションが行われ、3章「虹のふもとに」で虹が出現するのであるが、猫はその後の破壊と救いを予兆しているようにも思える。

また、2012年に都立第五福竜丸展示館で行われた「第五福竜丸からラッキードラゴンへ」展では、《トらやん》(2004)などと一緒に、甲板に《ランプ猫》などを置いて構成している。もしそれを見たら、「SHIP’S CAT」を連想する方もいるかもしれない。

 

船に乗り旅する猫「SHIP’S CAT」

「SHIP’S CAT(シップス・キャット)」とは、大航海時代にネズミから貨物や船を守り、疫病を防ぎ、時に船員の心を癒す友として世界中を旅した猫のことである。もともとはネズミ退治が目的であったわけだが、猫の持つ愛らしさによってマスコットになったり、危機察知能力があるとされ、守り神のようにも扱われたりしている。

第五福竜丸の上に乗る、防護ヘルメットや潜水ヘルメットをしているように見える猫の作品は、第五福竜丸の忌まわしき運命の追悼のようにも、新たな旅たちのための道案内のようにも思える。第五福竜丸の新たな旅たち、つまり人類のこれかの行く末を見守る存在として、ヤノベが猫に託したイメージは大きい。

また、猫ではないものの、神戸・高松と小豆島を結ぶ連絡船ジャンボ・フェリーの甲板に、ヤノベ作品の代表的キャラクターである「トらやん」の巨大彫刻作品《ジャンボ・トらやん》(2013)を設置している。「トらやん」はもともとタイガースファンであった、ヤノベの父の腹話術人形からヒントを得た作品であるが、黄色と黒の防護服を着ていることもあり、トら=虎をモチーフにしているともいえる。江戸時代末期まで日本には虎が直接入ってきておらず、猫を参考に虎を制作してきた日本の伝統から言えば、《ジャンボ・トらやん》も一種のSHIP’S CAT」であろう。箱舟に見立てられたフェリーは、《ジャンボ・トらやん》の操縦によって、希望の島である小豆島に導かれるのである。

 

博多と次世代の「SHIP’S CAT」

今回、ヤノベは猫の作品の系譜を「SHIP’S CAT」のイメージに集約させている。福岡県の博多にあるホステル「WeBase」のために制作された巨大猫の彫刻作品《SHIP’S CAT》(2017)は、博多という土地が日本最古の湊(港)のあった場所であり、船旅の拠点であったことに着想を得ている。

もともと古代エジプトで繁栄した猫が世界中に伝播した原因も、ネズミ退治のために船に乗せられた猫が世界中の港に降り立ったことに起因している。日本にも弥生時代から猫がいたことが確認されているが、その後も遣隋使や遣唐使の時代に仏教経典などをネズミから守るために船に同乗して日本列島にたどり着いた多くの猫は、博多を起点に日本中に広まった可能性は高い。そして、同時に博多から猫は世界に旅立っていったのだろう。

つまり、博多と同じように、猫は旅や冒険の遺伝子を引き継いでいるのである。現在においても、飼われていると同時に、野生性を失っておらず、不思議なインスピレーションを人間に与え続けている。そのような猫の持つ親和性と神秘性という両義的な魅力を備え、そして旅を象徴する作品として《SHIP’S CAT》は構想された。

幸運を呼ぶとされる巨大な白猫は、建物の中から這い出るポーズをし、今にも外界に飛び出ようとしている。そして、ランプにもなるヘルメットが周囲を照らし、宇宙服や潜水服のようなものを身に着けている。そこには、未来の希望を予兆し、旅の安全を守るための道案内や人生の出会いを導く守り神となり、若者の旅を後押ししたいというメッセージが込められている。

それは、多くの旅人を迎え、「人生の旅」の英気を養うホステルのシンボルであると同時に、最古の港の遺伝子を引き継き、世界のハブ都市となる博多のモニュメントとなるよう願いを込めて作られた次世代の「SHIP’S CAT」なのである。

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